連載133 国民の声が届かない日本の首相官邸


 
 
国民の声が届かない日本の首相官邸
 
 
 
 
 
 
 
 中国の高速鉄道事故のニュースをみていると、「中国もだいぶ変わったな」と思う。中国政府のコントロールがきかず、民衆が独自の情報を得るようになってきた。
 
 先月23日の事故発生以来、中国鉄道省の対応はあまりにもおそまつだった。鉄道省は当初、事故原因について落雷によるシステム故障が起きたとして「天災」と主張。しかし、調査が進むと信号および管制システムに問題があったことが明らかになった。
 
 さらに、衝突した先頭車両の一部を救助が終わっていないのに、重機で現場に掘った穴に埋めてしまった。日本の鉄道事故では考えられない。その後、車両から生命反応はないとして救助活動を打ち切ってから、2歳の女児が発見されるという展開に。
 
 中国国内のネット上では、車両を埋めたのは「事故原因を隠蔽するためではないか」といった批判があふれた。
 
 事故から一週間。国民の批判の矛先が鉄道省から政権中枢に向かうことを恐れたのか、温家宝首相が事故現場に足を運んだ。記者会見に答えた温首相は、原因究明と調査結果の公表を約束せざるをえなかった。
 
 中国政府に対する国民の批判は昔からあった。1989年6月の民主化を求めた天安門事件。人民解放軍の戦車を1人の若者が走行を阻止しようとした映像を見た人も多いのではないか。
 
 当時、毎日新聞の社会部記者だった私は、日本に学んでいた中国人留学生を取材。天安門事件に呼応し、留学生たちは民主化を求め東京の中国大使館などでデモなどの活動を行っていた。だが、中国国内では言論が封じられ、民主化運動は次第に沈静化していった。
 
 日本での中国人留学生たちはビザが切れて中国に帰国すると、反政府活動をしていたということで、逮捕される可能性があった。命の危険さえある留学生のビザを延長し、日本政府は保護するべきだとの原稿を書いたこともあった。
 
 20年前の中国と比べると、今はまさにネットの時代。中国政府の都合の悪い情報も一気に広がる。特に今回の事故に関する政府への批判の原動力は中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」。なんと日本の人口より多い1億7000万人が利用しているという。中国政府がどんなに規制をしても、情報の波は止めることができない。
 
 どんなに強固な権力も、その基盤となる民衆がそっぽを向いたら成り立たなくなる。今回の鉄道事故は、昔の中国だったら押さえ込んでいたかもしれない。
 
 一方、わが国の最高権力者は民衆から既に見放されているにもかかわらず、その職にしがみついている。首相官邸には国民の声が届くシステムが全く機能していないようだ。
 
 
 


 
 
(平成23年8月3日付 「夕刊フジ」より転載)


 

2017年02月20日