連載72 ”軍人”は思想を持っても公に語ってはいけない
“軍人”は思想を持っても公に語ってはいけない
航空自衛隊のトップが更迭された。「我が国が侵略国家だったというのは濡れ衣だ」などと主張する論文を発表した田母神俊雄・航空幕僚長。参院外交防衛委員会では前空幕長の参考人質疑が本日(11日)行われる。
問題となった論文を改めて読んでみた。日中戦争について、「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」と主張。
さらに「当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない」と展開している。
どこかの右よりの論壇に登場しそうな論調だ。日中戦争全体をみて日本は果たして被害者なのか。
また欧米列強と比較して侵略かそうでないかなのでなく、被害を受けたアジア諸国がどう感じているかだ。
植民地支配された側が「侵略されていない」というなら分かるが、支配した側が「あれは侵略ではない」というのはいかがなものか。
読売新聞の社説(2日)は「事実誤認や歴史家の多くが採用していない見方が目立っており、粗雑な内容」と指摘している。
更迭後、前空幕長は記者会見で「政府見解に一言も反論できないなら北朝鮮と同じだ」と言ったという。
わが国は憲法で、思想・良心の自由と言論・表現の自由を保障している。どのような歴史認識を持つのかはもちろん自由である。
さらに、憲法は「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と文民統制、いわゆるシビリアン・コントロールを規定している。
「文民統制」は政軍関係において「政治」が「軍事」に優先する考えだ。つまり、主権者の国民が選んだ代表を通じて自衛隊をコントロールすることにほかならない。
武装実力組織の首脳が、「今の政府の考え方が間違っている」と主張し、その部隊が呼応したらどうなるか。
今から72年前、陸軍の青年将校らが起こした2・26事件。時の政治を変えようとクーデターを起こした。
軍事組織がある思想を体現しようとして、政治と衝突したのが2・26事件でもある。
集団的自衛権の行使や武器使用の制約についても論文では問題提起している。しかし、それを決めるのは主権者たる国民で、その国民に選ばれた国会及び政府である。
誤解を恐れずに言えば、“軍人”は思想を持っても、公に語ってはいけないと思う。
もし、その思想を語りたければ、“軍人”を辞めて、一国民として堂々と論争すればよい。
「文民統制」だからこそ政治の側も、国の安全保障を担っていることを強く自覚していかなければならない。
(平成20年11月12日付 夕刊フジより転載)